声を出したのは取り巻きの一人。その言葉に、手をあげていた少女はサッと腕をおろした。同時に瞳を瞬かせる。
「まぁ、山脇先輩」
髪の毛や肩に手を伸ばして身支度を整えるような仕草をしながら、その間に表情も整える。
「このようなところでお会いできるなんて、偶然ですわ」
その顔に、直前までの鋭利な視線はない。
「このようなところで何を? これからお帰りですの?」
腕を伸ばして両手の指を絡ませ、少し肩をあげて首を傾げる。そんな相手の仕草などには興味もないといった表情で、瑠駆真は静かに言う。
「何をしているのかと聞きたいのはこちらの方だ」
「と、申しますと?」
惚けるような相手の態度に、瑠駆真の瞳が細められる。
「この生徒に向かって、君たちは何をしている?」
「あら」
少女は少しウンザリしたような表情を浮かべ、だが笑みは絶やさずにチラリと緩へ視線を投げる。
「何でもありませんわ」
「生徒が一人、地面に手を付いていて、それで何でもないは無いだろう?」
「山脇先輩には、関係のない事ですわ」
「そうか」
相手の言葉に、瑠駆真は鞄を持ち直す。
「ならば僕は、用件が済むまでここで待たせてもらう」
「え?」
言われた意味がわからず呆気に取られる女子生徒。と、その配下。
「僕も彼女に用事があるんだ。だから、君たちの用件が終わるまで、ここで待たせてもらいたいんだが」
そこでゆっくりと、体重を左足へ乗せる。
「僕に見られたり聞かれたりしては困ると言うのなら、少し離れていても構わない。だが時間がないので、長くなるようならこちらの用件を先にさせてもらえないだろうか? もちろんその間、君たちは外していてもらいたい」
口調は穏やかだが、目は真剣だ。突然の申し出に狼狽える一同。緩などはただ地面に腰を下ろしたままポカンと口を半開き。
え? 私に用? 何?
ひょっとして、私が大迫美鶴を自宅謹慎に追いやった事を、まだ根に持っているのかしら。
途端、背中に軽く寒気をおぼえる。
そんな緩になどお構いなしで、瑠駆真は辺りを見渡し、再び口を開く。
「どうしたらいい?」
問われ、返答に窮する少女。
この場の会話を聞かれるのは困る。だが、どこかで待たれたところで、どれくらいの時間がかかるのか、正確にはわからない。
緩を見下ろす。
意外としぶとそうだ。こちらが納得するような態度を示させるまでに、どれほどの時間を費やすことになるのだろう。なにより、無理矢理従わせたところで、その後にこの目の前の美男子に事の顛末を告げ口されたら厄介だ。
学校中が目の色を変えて噂する憧れの存在。王侯貴族という、産まれながらに上流階級の身分を携えた異性。誰もが近づこうと躍起になり、下級生にはそのチャンスすらもまわってこない。
そんな人物と幸運にも会話を交わす機会に恵まれたというのに、みすみす己の評価を下げるような情報を相手に渡したくはない。何よりそのような人間を待たせるなどといった行為は、礼儀に反する。
では、先に用事を済ませてもらうか? 終わるまでどこか待つか? だか、自分たちが離れている間に、金本緩はこの上級生との用事を済ませて、後はさっさと姿を消してしまうかもしれない。
ならば、声の聞こえる範囲の場所で気配が消えないように監視しておくか?
いや、自分に関係のない用件をそばで立ち聞きするというのも、品位に欠ける。それに、万が一忍び隠れているのがバレたら、それこそ自分の評価は急降下だ。
金本緩に何の用があるのか。それは気になる。だが、こんな小娘をイビるのは後日に改めても支障はない。
少女はゆったりと唇を緩める。
「まぁ、山脇先輩をお待たせするなんて」
鼻にかかるような、緩には決して見せないであろう艶を帯びた声で答える。
「そんな事できませんわ。先輩の用件に比べたらこちらの件なんて取るに足らないも同然。どうぞ、ごゆっくりお話くださいませ」
言いながら大仰に一礼し、髪の毛を振って背を向ける。途中、肩越しにチラリと色目を投げるのは忘れない。
そうして身に振り撒いている香水を、本人的には計算した上でその場に漂わせながら、これまた本人的には優雅な仕草でその場を去っていった。
その姿を、呆気に取られた表情で見送っていた緩だが、ハタッと我に返り、見上げる。
見下ろすのは黒々とした宝石のような艶やかな瞳。西洋と東洋を織り交ぜた、甘くとも絶妙に男らしくもある顔に見下ろされ、緩は思わず視線を逸らす。
そんな緩に、瑠駆真は憮然と声を放つ。
「ポケットから出ているぞ」
何を言われているのかわからず、だが反射的にスカートのポケットへ手を当てた。同時にカチリと音がする。瞬間、サッと血の気が引いた。慌てて捻じ込む。
『いつでも、お前の笑顔を楽しみにしている』
義兄の聡に激しく馬鹿にされた革製のキーホルダ。恋愛ゲームで男性キャラクターが告げてくれる甘い一言。
「見つかったら困るんだろう?」
|